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空族祭SS みーやん


No.49

■非公式なお話 投稿者:みーやん 投稿日:2012/03/17(土) 17:42

ファッティホエール号。普段と変わらぬこの艦の中でのこと。


「おい、そこのチビ。邪魔だ」

 ヨツバが声をかけた先にちょこんといるのは、ぴょこぴょこと動き回
る少女の姿がある。

「ん、誰?」
 物怖じせず、むしろ好奇の眼差しを向けてくる少女を見て、ヨツバは
顔には出さないものの、

「……へえ、この艦のトップに喧嘩売った極悪人を知らねえとは、
…ハハ。舐められたもんだ」
 わずかな驚きと興味を持って返す。それもすぐさま頭から消えるが。

 いや、興味というもの即ち、ヨツバにとっては殺意でしかない。彼
女にとっては己以外のものは全て他人であり、標的でもあるのだから。 


「トップって、クロエのこと? ケンカしたの? へえー、へえー」
 なおもずいと身を乗り出して聞いてくる目の前のちんちくりんに、ヨ
ツバは徐々に苛立ちを募らせる。

「…んなこたぁどうでもいいんだよ、そんなことより、そこは俺の場所
だ。勝手にじろじろ見てんじゃねえ」

「場所って、この倉庫の隅っこ? あはは、ネズミみたいにここで暮ら
してるのかな。部屋があるんだからそこに行けばいいのに」

 このガキの言動はいちいち癇に障る。ヨツバの苛立ちは膨らみ、つい
にはいつものように標的を見据える仕事の表情に変わっていく。


「これが最後だぞ。今すぐ消えろ、俺は土足で踏み込まれるのが何より
大っ嫌えなんだ」

 少女は去らない。いちいちヨツバの言ったことを反芻し、ん? と首
をかしげている。それが、スイッチになりヨツバの全身を巡る。

 忠告はした。もうヨツバの中に我慢するという選択肢は無い。

 そして、いつも通りに…いや、いつもとは違い正面からではあるが。
 刃物を構えて、少女の首めがけて一閃する。

 頸動脈をかっ切れば即死だろう。自分の場所が血で汚れるから、ああ
また場所を移さねえとな、とのん気に考えていた。


 
 ぐしゃ。崩れ落ちていく。

 何が? 少女の身体、ではない。音を立てて崩れていったのは、仕掛
けたヨツバの持つ刃物だった。

「……!? な、錆びついて…崩れていく!?」
 ヨツバが言うように、刃物は一瞬のうちにボロボロと床に散らばって
いった。


 裏の世界で様々なことを経験して生きてきた、数々の追手や標的を始
末してきたヨツバにも、初めて出くわす事態に思わず息をのむ。

 少女は何もしない。ただ、右手をこちらに突き出したまま。先ほどの
ふざけた言動やイラつくほどの態度はなりをひそめ、不気味なほど静か
にこちらを見据えている。

「…もー、びっくりするなあ。いきなりそんなもの出してくるんだもん」
 と思うと、少女は手を下ろし、日向ぼっこするネコのように、ぐー
っと伸びをする。今の静けさはまるで嘘のように。


 こいつ、今何をしやがった…?

 確かに今、いつも通りの光景に意識が緩んでいたかもしれないが、かと
言って標的から目を離すような思い上がりはしないし、武器の手入れを怠
るようなヘマはしない。
 いや、今の今まで白銀の輝きを見せていた自分の武器が、3日ほど血の
海にでも漬け込んだかのように腐食し、錆びつき、チリと化してしまっ
たのだ。

 こいつは目の色も変えずに武器が崩れていくのをまるで始めから知って
いるように、こちらを見ていた。


「すごいね、速すぎて何にも見えなかった。けど、あたしは痛いのがキラ
イだから、そこはそれ、ていこうするもんね」
 少女はへらへら笑いながら殺されそうになったことを何とも思っていな
い。本当に、無邪気に笑っている。

 こちらが、じゃれついた程度にしか感じていない。それほど、こいつの
中には敵意という考え方が無いのだ。

 わずかに、恐怖が顔に浮かぶ。
 こいつは確かに、戦闘の技術も何も知らない。態度も軽い、隙だらけで
背後から襲いかかりでもしたら1秒で床に転がすことができるような雑魚。

 だが、ヨツバには逆にそれらが恐ろしく見えた。


「ねぇねぇ、どうして部屋に入らないの? 部屋が無いなら、あたしの部
屋広いから入っていいよ?」

 沈黙を破ったのは目の前の少女。本当に今、殺し殺されそうになった関
係とは思えないように。

「う、うるせえっ! 俺は一人でいるのが一番いいんだ。何でてめえなん
かと同じとこにぶち込まれなきゃならねえんだ」
 得体の知れない恐怖を振り払うように、ヨツバが声を荒げた。


「そう? でもいいなあー、ヨツバは。
 動きはすごいし、カッコいいし、あとキレイ」

「……は?」
 素っ頓狂な声を上げてしまう。
 顔も見たことない奴が自分の名前を知っているのもそうだが、こっちの
言ったことを意にも介さずまるで見当違いなことを言ってる。

 …ああ、こいつ、アレだ。バカなんだ。
 
 次第に毒気を抜かれたヨツバは、溜息まじりにその場を去ろうとして。
「…なぁ、お前なんで俺の名前知ってんだ?」

 ふと、思ったことをそのまま口にしてみる。ヨツバにしてみれば、それ
だけでもずいぶん珍しい。


「クロエに聞いたの。名前ってね、その人の人生にすごく関係するんだっ
て。あたしはみんながどういう人かすごく知りたいんだ。
 名前を知ることで、その人の生き方なんかも少しだけど見えるんだよ」

 良く分からないことをべらべらと並べたてる。自分の思ったような言葉が
出てこないことにまたイライラしそうになってきたヨツバは、話を切るよう
に最後の質問をする。


「分かった分かった。で、お前の名前は?」
 ヨツバからしたら、別に知りたくもないが話をさっさと終わらせたいと
適当にした質問だった。



「無いよ」
 返ってきたのは予想もしない答えだった。

「…無い?」

「うん、あたしは名前なんて持ってない。皆は肩書きを呼んでくれてる。
『タイム・キーパー』って」
 あくまで無邪気に、タイム・キーパーと名乗る少女は話す。


「タイム・キーパーって、おとぎ話に出てくるアレか? お前が?」
 
 タイム・キーパー。その名の通り、時間を意のままにすると言われる神の
領域に手を伸ばした者と伝えられる。
 時間を過去に戻し逆行させることも可能ならば、進行させて滅することも
また可能だ。

 合点がいった。先ほど自分の武器をボロボロにしたのは、こいつの持つ、
時間を進めるチカラによるものだったのだ。

 しかし、ヨツバの意識はそんなことには向かなかった。
 

「生まれて来た時から名前がねえのか? 親は?」

「知らない。あたしは気がついたら森の洞窟の中にいた。
 気がついた時から、自分がタイム・キーパーだってことを知ってた。ただ
それだけ」 

 明るい態度は崩さない。しかし、何となくこの少女は不遇な生き方をして
きたのだと、ヨツバは思う。


「…………。
 恨めしいし憎たらしいなぁ。お前、強ぇよ」

「? 何が?」

 ヨツバですら、己の名前には歪んではいるものの、愛着を持っている。こ
いつはそれを一切持っていないから、個人として扱われることもないのに。
 
 世の中を恨み、人を疑い、自分以外を突っぱねた自分とは違い、目の前の
少女は何よりも人を好きでいる。それがヨツバには不思議と好ましい。


「殺してやりてえくらいに、なぁ」

 だがヨツバはあくまで一人の道を行く。誰かと相入れるなんてもっての外
なのだから。
 踵を返し、今度こそヨツバはそこを去る。


「イツキ…ってのはどうだ?」

「イツキ? 何それ?」


「お前の名前だよ。長ったらしい名前なんざ言いにくくて仕方ねえ。
物影で小さくなってる俺はヨツバ、でんとでっかく構えてるお前は樹だ。

 だからイツキ。気に入らねえなら別にいいけどな」



 すたすたと出口に向かうヨツバが、突然背後に気配を感じた。
 がば、とキーパーが抱きついてきたのだった。


「…な!?」
 あまりにも突拍子がない行動に、さすがのヨツバも慌てる。

「あたしに名前つけてくれるの!? ありがとうヨツバ!」
 ぎゅー、とあまりにも無防備に身体を押し付けてくる。

「て、おい! 離せてめえ! 殺すぞ!」
 げしげしと蹴りを入れながら、ヨツバが引き離そうとするも、全く背
中に回した手を解こうとしない。


 しまいにはクロエやユイ、艦のあらゆるメンバーがその騒ぎように驚
いて倉庫にまで止めにくる始末。


 その後しばらく、ヨツバは所構わず殺意のこもった眼でクルーたちを
睨みつける日が続いた。


 イツキと名付けられたキーパーはより一層はしゃぐようになり、クロ
エの頭痛の種となっている。とほほ。





No.79

■「水がまた流れた」 投稿者:みーやん 投稿日:2012/03/22(木) 17:05



「ごほっ!!」

 大きな咳き込みと同時に、びしゃっと生々しい液体音が室内に響く。
 暗闇の中でむくりと起きたら、背中をまた一筋、汗が伝った。

 暗闇に目が慣れない。手探りで置時計を探し出す。驚くほど体がふら
つきながらも、何とか見つけだす。薄く光る時計の針をぼんやりと眺め
た。

「……3時…?」
 か細い声を発する喉は鉄の味がする。一度眠りに入ったら朝までぐっ
すりという自分がこんな時間に起きたなんて珍しい。

 ベッドの横にあるスイッチを入れる。部屋の明かりがパッとつくと、
自分の右手と掛け布団は血まみれだった。さっきの吐血だろう。


 ファッティホエール号が静かに飛行する夜半、イツキは身体の異常に
苛まれていた。

「っ……、アタマが、痛い……」

 喉も乾き切り、声は掠れきっている。また、両手は小刻みに痙攣して
おり、視界はぼやけておりチカチカしている。こんなことは今まで初め
てだった。

 ひとまずベットを降り、船医のシンドウのもとに向かうことにした。
 自分では病気のことは分からない。が、この虚脱感はこのままにして
おいてはまずいということだけはよく分かった。


 体はいつもの何倍も重かった。足が上手く前に出てくれず、壁にもた
れかからなくては立っていることすら出来ない。
 その上、一歩一歩踏みしめるだけで、足から身体にかけて痛みの電流
が駆け巡る。


「どうしたんだろ、あたし…」
 昨日までは何ともなかった。いつものようにクロエや仲間たちに遊び
をせがんだり、調理場にいるテネジーにじゃれたり。

 いつも通りの日を過ごしていたのに。



 ようやく扉の前に辿り着いたころには、窓から見た空がうっすらと明
け始めている。自分の部屋から医務室まで、どれほどの時間が経ったの
だろう。
 
 インターホンを鳴らすが、シンドウは出ない。扉に背を向けながら、
続けてイツキはボタンを押した。全く反応はない。

 時間を考えても、シンドウはもう自室で休んでいるのではないか。し
かし、もう一度引き返して彼の部屋を訪ねる気力は、残っていなかっ
た。





「……?」

 気がつくと、自分の目に天井が入ってきた。チラと視線を動かすと、
布団がかけられている。どうやら、いつの間にかベッドにいたらしい。

 が、どこでどうして、自分はベッドに戻ってきていたのだろうか。
 見渡す限りでは、医務室ではないようだった。


 と。ドアが開くセンサー音がした。
「あ、起きた? 大丈夫?」

 声の主はこの艦の技師でもあるユイだった。手にはタオルやら着替
えやらを持っている。

「……ユイ、ここどこ?」

「私の部屋。ほら、起きちゃダメよ。
 整備から戻ってきたら、イツキちゃんが医務室前で倒れてたから、
ホントにびっくりたわ。

 ユウ君にここまで運んでもらったのよ」

 そうか。シンドウがいないと知って、そのまま自分は気を失ってし
まったらしい。頭を打ったのか、こめかみがズキズキと痛む。


「ありがとう。…ごめん。ユイも眠いのにベッド使っちゃって」

「そんなこと気にしなくていいわよ。それより、どうしてあんなとこ
ろで倒れていたの? 
あ、ほら、まだ寝てなきゃ。ここに運んでもらった時、あなたの身体
すごく冷たくなってたんだから」

 と、外側からブザーが鳴る。誰か来たらしい。


「イツキちゃん、大丈夫? はい、テネジーさんに身体が暖まるもの
作ってもらってきたよ」
 ユイが扉を開き、今度はクロエが器を抱えて入ってきた。




「…身体がだるくなった? それで薬を探そうとしたのかい?」
 クロエが呆気にとられたように返す。


 テネジーの作ってくれたスープを身体に入れ、イツキは二人にこ
こまでの経緯を話す。自分の身体の異常をなるべく伏せたままで。

(……病気だって思われたら、遊んでくれなくなるもんね)
 と、ずいぶん気楽に考えていたが。

「で、医務室に行ったら誰もいないの。シンドウはもう寝ちゃった
のかなあ? やっぱり」

 ぽつり、と呟いた一言にユイは目を丸くした。


「…ええ? 何言ってるの? イツキちゃん。
 シンドウさんはこの1週間、ご家族のお墓参りで一旦チーガオに
降りてるって、イツキちゃんが私たちに言ってたでしょ?」

 頭が凍りつく。

「そうだよね。ああ、今日の午後2時ごろに、チーガオに降りるよ。
シンドウさんを迎えにいくから」


 クロエの言葉も耳に入ってはいたが、頭には入っていなかった。

 確かに自分は出まかせで迂闊な発言も多いが、自分の言ったこと
を忘れているなどという事も今までなかった。
 
 忘れていたというよりも、はじめからそんな事実が自分の頭から
消え去っていたということに、言い知れぬ不安がよぎる。


―――記憶が、無くなってる……?

 頭が真っ白になり、その後、二人が何を言っていたかも、自分が
どのようにして部屋に帰って来ていたかも、思いだせなかった。
 




 目を覚ます。時計を見ると、午前11時を回っていた。

 夜中ほどではないものの、やはりだるさと熱に浮かされたような
感覚は消えていない。

 とにかく、ベッドから降りて、部屋を出ようとしたら、足に違和
感を感じる。


 見ると、サンダルのベルトが切れている。昨日倒れた時にでも、
千切れてしまったのだろうか。
 あまり深く考えず、イツキは右手に意識を集中させた。


 ベルトの時間を逆光させていく。ぐぐぐ、と革が繋がり始めてい
く。その時だった。


「……、っ……!?」
 
 心臓がひときわ強く、どくん。と音をたてた。眼の前が虹色に見
え、額に汗がにじみ出てくる。

 体を踏ん張れず、そのまま床に突っ伏してしまった。どうしたと
いうのだろう。能力を使おうとした途端、明け方以上に激しく体を
襲う激痛。

 痙攣する手を押さえて、イツキはよろよろと立ちあがってベッド
に倒れ込んだ。


 痛い。腕がまるでセメントで固められたかのように動かせない。
 だというのに震えだけは止まらず、眼の中に光がチカチカと舞っ
ている。



 ようやく、震えが落ち着いたころ時計は既に昼の1時にさしかかっ
ている。同時に、自分の身体の異常をはっきりとイツキは理解した。


 タイム・キーパー。彼女がヨツバによって名づけられた“イツキ"
という名の前にあった名である。

 時間を操るというその人智を超えたチカラには、身体に大きな
負担をかけるリスクも背負っていた。恐らく自分の異常の原因は、
酷使したことによる反動がモロにきたのだ。


 乗り込んでからというもの、様々な戦いを経たファッティホエ
ール号。損壊の修復や様々な雑務にまで、自分の能力を使用し続け
ていた。
 体中の細胞が大きなダメージを受けているのであれば、これ以上
時間を操るのは即ち、生命の危険を伴うことになる。


「……あたし、もうずっとこのままなのかな……」

 汗を拭いながら、イツキは部屋を出る。とにかく、一人でここに
いるのが怖かった。

 とにかく、元気を装ってでも、みんなと一緒にいよう。医務室で
一人ぼっちになるのは嫌だ。



 少しではあるが、歩くのは楽になっている。比較的軽い足取りで
イツキはクルーたちがいそうな所へとてとてと歩き出す。

 いい天気だった。いつきは雲を追い抜いていく青々とした空を、
清々しい気持ちで眺め、歩きだす。






「あ、モモカだ」
 格納庫のところまで来たら、モモカがファランクスの塗装をし直
していた。

「ん? あれ、イツキじゃない。ちょっと待ってね。あと少しで
終わるから」

 丹念に塗装を繰り返すモモカの表情は普段のそれとは段違いにた
くましく、凛々しい。と思うのは自分だけだろうか。

 ふう、と息をついて、リフトから降りてきたモモカは先ほどとは
違って、年相応の笑顔を見せてくる。


「なんか用?」

「ううん。いつも通り、遊びにきてるの。モモカがお仕事してるの
見ると、カッコいいから」

 頬をぽりぽりと掻き、モモカも照れを含んだ笑いを飛ばす。


「あ…だったらイツキ。よかったらさ、ちょっと野暮用を頼みたい
んだけど、いいかな?」 

「ん? なに、なに?」

 と、モモカがバケツを取り出してきた。中にはスプレー缶がどか
どかと積まれている。
 嫌な予感が頭をよぎった。
 

「いや…あのさ、スプレー缶の中の塗料が、固まっちゃって。
 空気に触れてると、ペンキって固まっちゃうんだ。イツキ、これ
直せないかな? 固まる前に戻すってのは」

「…………やだ」
 モモカが言い終わる前に、イツキは話を切った。


「……え」

「あ、あたしそんなことしたくない! ……もう行く」

 モモカのきょとんとした表情が、いつまでも頭に重く残る。
 どうせ頭が朦朧としているなら、こんなものも忘れてしまいたい。





 格納庫を走り去ったいつきは、食道に行った。
 喉が渇いたので、水でも貰おうと厨房に向かおうとした時、

「ああ、イツキ。丁度よかったわ」
 と、艦の料理人でもあるテネジーに呼び止められた。

「どしたの? テネジー」
 基本的には人懐こいイツキは、ぴょこぴょことテネジーのもとに。


「うん、ちょっと食材が傷みかけててね。6日前にチーガオで買ったもの
で、皆に作ろうと買い込んだんだけど……」

 ぞわ、とイツキの背筋に冷たいものが走る。いつもならば喜んで受ける
言葉なのに、今はそれが死刑宣告のように冷たく胸に響くのだった。


「イツキなら、新鮮なくらいにまで戻せるわよね? お願いしたいん
だけど」

「い、嫌だ! やだ! 絶対、やだ!」

 あまりにも突っぱねる様子に、テネジーが怪訝な顔をする。

「イツキ? どうしたの、いつもなら喜んでやってくれるのに。
 お願い、ね? 皆に美味しいもの作ってあげたいから」

「やだったら、やだ! ダメにしちゃったんなら、捨てちゃえばいいよ!
 あたしそんなの、食べたくない!」

 パァン、とイツキの頬が音を立てる。テネジーが顔を打ったのだ。


「……イツキ! 食料は今の私たちには大事なものなの。粗末にすること
は絶対に出来ないのよ。捨てるなんてこと、二度と言っちゃ駄目。

 今の状態でも身体には問題はないけど、あなたがご飯を食べると元気が
出るように、美味しいものを食べてもらって、皆に元気を出してもらいた
いの」

 子供を叱る母親のように、テネジーはイツキを見据える。自分だって、
手伝えることなら、皆が自分を褒めてくれるなら手伝いでもなんでもした
いとは思う。

 しかし、直立するだけでも困難な今、イツキの足は疲労からか、再び小
刻みに痙攣を始めていた。そんな様子を、おびえて震えていると取ったか、

「でも嫌なら無理にとは言わないわ、ありがとう。ごめんね、痛かった?」
 と、頭を撫でてくれた。
 そのテネジーの優しい言葉は、イツキにどうしようもないやるせなさと、
申し訳なさを駆り立てる。



「……ふーんだ! テネジーのばーか! アケチと遊んで来るもん!」
 その気持ちを悟られないように、必死に普段の自分を装って、イツキは
厨房を去る。

「んな! こらイツキ、あんたまた先生の所に…! 待ちなさい!」






「ええ、そうなんですよ、イツキ。この間手に入れた古文書のようなもの
なんですが、ファントゥームに何か関わりが!?
 と思ったのですが、ここ。この部分がかすれてて読めないんです、そこ
でイツキ! 是非あなたにお願いしま」

「嫌だ!!!」

 今度はアケチの顔も見ずに、扉を開けて部屋を飛び出す。

 すれ違う廊下、休憩所、様々なところでクルーがイツキを呼びとめる。
 そのことごとく、振り切って駆け抜けた。


 何で、どうして、誰もが自分に何かを頼もうとするのか。
 どうして、落ち着いていさせようとしてくれないのか。
  

「みんな、みんなあたしなんかどうでもいいんだ!
 あたしの持ってるチカラだけがあれば、それでいいんだ……!!」

 誰もいないところに行きたい。一人になりたい。
 どこに向かっているかも分からず、イツキはひたすら人を避け続けて
艦の中を走り回った。




「さて、そろそろチーガオだな」

 クロエがクルーに指示を出していたころ、ユイがやってきた。


「……ユウ君。今艦内を回ってきたんだけど、イツキちゃんが急に駄々を
こねて、皆を困らせてるっていうの」

「え? なにそれ。どういうこと?」



 モモカ、テネジー、アケチ。他多数のクルーの話がしばらくユイの口から
語られる。クロエは頭を掻きながら、難しい顔をして聞いていた。




「ううん…イタズラ好きだしなぁ。わざと意地悪してるのか?
 そういえば、昨日も夜中にあんなところにいたし…」

「でも、身体がだるいって言ってたし、現に医務室の前にいたのよ?」

「でもさ、シンドウさんがいないってのはイツキちゃん自身が言ったんだから、
わざわざ医務室に行くなんて、変だろ? もしかしたら、あれも俺たちに
構ってもらいたくてやったんじゃないのかな」


 クロエが溜息まじりに話す。ユイも首をかしげ、肩を落とした。



「クルーに必要以上に親しくするのも示しがつかないから、注意した方が
いいかなとは思っていたけど…こういう手を使うとなると考えものね……」





 ずん、と静かに着水する衝撃が艦内に響く。

 こと細かな指示をクルーに残し、クロエとユイが出口に向かおうとした時、
一人のクルーが駆け込んできた。


「大変だ、クロエ!」

「あ、あれ? イシナカさん。何ですか、やけに急いで」
 入ってきたのは、汗を軽くにじませたイシナカだった。








「どこだったかな? 以前に会った洞穴にいると思うけど…」

 それから30分ほどしてクロエとユイは、チーガオの森の中に入っていた。
 イシナカの報告は、イツキのことだった。

 港とホエール号が連結し、シャッターが開いた瞬間、イツキは艦を飛び出
して行方不明になった。


 イシナカが急いで追ったものの、慣れない土地の勝手が分からず、見失っ
たのだという。

 話を聞いたユイが「きっとあそこよ」と示したのが、初めてイツキと出会
った森の中の洞穴である。


「……戦いが続いたから、寂しい思いをしてたのかしら…」
 ユイの言葉は、誰に拾われることもなく大自然に溶けていく。

 クロエは己の知らないところでクルーたちの確執が芽生えてしまったことに
軽いショックと責任を感じながらも、頭から振り払うようにすたすたと歩き続
けた。
 
 川を渡る。数日前まで雨続きだったらしく、川の勢いは凄まじい。
 遠くに見えるダムも水を叩きつけられて激しいしぶきを上げている。




「……あった。あれだよ」

 山のふもとにぽつ、と空いた小さな穴がある。クロエはライトをつけて、
水が滴る洞穴の中に入っていく。


「イツキちゃん…!」

 ユイが声を響かせる。イツキは洞穴の最奥で一人、うずくまっていた。
 いつも元気に振る舞っていた彼女の面影も感じられない。


「……う」
 クロエとユイを見たイツキは、怯えた目で二人を見つめる。
 


「どうしたの? 急にいなくなるんだから、びっくりするじゃないか」

「シンドウさんも戻ってきたし、そろそろ出発よ。さ、こんなとこにいないで、
帰ろ?」

 クロエとユイが声をかけたが、イツキはずっと震えている。

「…い、いや…。もうあたし、あそこにいたくないよ…! 皆もう、あたしの
ことキライになったんだ…!」

 頭を抱えたまま首を振るイツキ。

 そんなイツキを、ぎゅ、とユイが抱きしめる。


「…! ……」
 びく、と一瞬驚いたが、頭を撫でながらイツキのそばにいるユイに、躊躇い
がちにイツキもゆっくりと身体を寄せる。

「イツキちゃん、誰もキライになったりなんてしないわ。今は戦っているから、
皆も心が落ち着かない。色々なことがあったかもしれないけど、心から人を好き
でいるあなたを本心から嫌う人なんて、どこにもいない」

 ユイの言葉が、イツキの心に少しずつ響く。


「艦に戻ったら、みんなで一日さ。パーティでもしようか。俺達も戦いばっかり
頭にあって、疲れてるかもしれないしね」

 クロエの言葉に、こらえていたものが溢れてきた。


「ぅ…うう…うわぁーーーんっ」

 今度はイツキからユイに抱きつき、泣き続けた。ユイは静かにイツキを抱き、
背中をさすり続ける。




「さぁ、そろそろ時間だ。夕暮れには出発するから、行こう」

 クロエの言葉で、3人は洞穴を後にした。

 もう、隠しごとをするのはやめにしよう。シンドウにすべて話して、正直に
皆に自分の今の状態を話そう。イツキはそう思った。



 空は赤みがさし、日はチーガオの山に少しずつかかろうとしている。

 橋を渡り、森を抜けようという時だった。





 とたんに、ダムが崩壊し激流が押し寄せてきたのだ。

「ユウ君!」
 ユイが声を張り上げ、二人も水流に気づいた。

「くっ! 橋の向こうまで走るぞ!」 
 イツキの手を引き、クロエとユイが走り出す。だが水は連日の雨で勢いを
増しており、クロエたちをあざ笑うかのように迫ってくる。
 

 ここにあって、思ったより冷静だった。流れがスローモーションに見える
くらい。身体の重さが感じなくなるくらい、気持ちは落ち着いていた。

 イツキは、クロエの手を振り払った。



「イツキ、何してるんだ! 早く、こっちに!」


「……クロエ、ユイ。
 あたし悪い子だから。やっぱり、戻らない」

 イツキの右手は、今までとは比べ物にならないほど輝く。




「…っ、」

 ビシ、と身体中に取り返しのつかない崩壊が始まる。足、腰、続いて腕。
 次々に力が抜けていき、膝を橋に落としながらも、右手だけは下ろさない。


「…そうか…! 時間を遡らせて、水の流れそのものを…」
 クロエが言っている間にも、次第に水の流れは緩やかになりはじめ、激流は
比較的早い流れ程度にまで落ち着いてきた。


「イツキちゃん…!」

 ユイがほっと胸をなでおろした。クロエも汗をぬぐって、


「さあ、行こう。イツキちゃんも、早く…!」

 そう言った時、イツキが見たこともない顔でこちらを見た。子供のような
あどけない表情ではなく、神々しさを持った顔で。 




「クロエ、ユイ。あたしね、今まで自分のチカラと役割を深く考えたことなんて
無かったんだ」



 水は速度をゆるめ、普段となんら変わらぬ流れに戻って行った。


「時間を戻すっていうのは、自然に逆らっていることなんだよね。人は皆、取り
返せない流れの中で頑張って生きている。
 あたしのしてきたことは、人から頑張るっていうことを取り上げてしまうこと
だった。
 
 だから、あたしはもうクロエたちに手は貸せない。それは皆のこれまでの努力
を踏みにじることになるから」


「そんな……」
 クロエは口にしながらも、イツキの神秘的な様子に手が出せないでいた。
 儚いながらも、その眼には確かな意思が宿っている。


「あたしはここでまた、静かに暮らしてく。皆の行く末はあたしが決めるんじゃな
くて、船長のクロエとユイで決めなきゃ」


「……分かった。イツキちゃんがそう言うなら、俺達も自分たちの力で戦う。
 また必ず、会いに来るよ。その時は、アケチも、テネジーも、みんなも一緒に」

 にこ、とイツキはいつもの無邪気な笑みに戻り、
 



「うん、待ってる」




 ―――そうして、クロエとユイは去って行った。
 最後まで我儘言ってしまったけど、何も言わないで聞きいれてくれたのが嬉し
かった。
 

 おかげで、自分の最期は見られないで済むだろう。


「…ごめんね、ホントはもっと、みんなといっしょに、いたかった…のに…」

 右手の光が消える。



 徐々に流れは再び強くなっていき、
 次第に激流と化した川の流れがイツキを飲みこみ、橋ごと叩き潰した。


 


「さあ、出発!」

 その日の暮れ、ファッティホエール号はチーガオを離れた。


「…ユウ君、静かね」
 ユイがぽつり、と寂しそうにつぶやく。


「うん。…何だか、太陽が消えたみたいだ」
 クロエも少し、沈みがちだった。
 
「あたし達をずっと助けてくれてたもんね。ホントに、あたしたちにとっての
太陽だったのかもしれない」

 チーガオの街がだんだん小さくなっていく。それを眺めながら、二人は残った
一人の少女を思う。



「…うん。神様の思し召しだ、俺達は自分の力でカメダ軍団に勝とう。
 全部終わったあと、晴れた空の下で暮らしてるイツキちゃんに会いに行こう」


「うんっ」


 ファッティホエール号は、静かに黒い空に溶け込んでいく。
 雄々しく、美しく。大いなる運命を背負って。

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pwpkkmnriderdcd

Author:pwpkkmnriderdcd
パワポケスタジアムで行われた「パワポケ空族祭」の作品をまとめてあります。
管理人:BLUE

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